セネカ

セネカ (前4頃-後65)はイベリア半島の町コルドバ出身の哲学者です。

セネカの少年期にアウグストゥス帝が逝去し、ローマは以後50年ほどアウグストゥスの血縁者達が皇帝となり治められることになります。

ローマで学問を修得したセネカは弁論家や哲学者として活躍しますが、皇帝からは命を狙われることもありました。それでも有力者達からの評価は高く、50年には後のネロ帝の家庭教師を担当することになります。

しかし65年、自身を退位させる陰謀にセネカが関わっていると疑ったネロ帝は、セネカに自殺を命じます。セネカはこれに応じその生涯を終えました。

コルドバ・ローマ橋
現代のコルドバ。後世の再建を経ているがローマ時代の橋が現存する。

セネカの作品として有名なのは『幸福論』です。この作品の中でセネカはストア派の考え方に立って、自然、すなわち本性に適合する生活を送ることが幸福であるとしています。そして快楽の追求の欠点について述べ、欲望や恐怖を感じることのない徳をもった理性を持つことを促しています。

他にも、『生の短さについて』という作品では、仕事に翻弄され気がつけば人生が終わろうとすることの恐ろしさを語り、現在を大切にするよう忠告しています。


参考文献

セネカ『生の短さについて 他二萹』, 大西英文 訳, 岩波書店, 2012


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オウィディウス

オウィディウス (前43-後17頃) はイタリア中部の町スルモで生まれた詩人です。彼はアウグストゥス帝の元で繁栄しているローマで詩人として、恋愛についての詩作や、神話を元にした『変身物語』を公表し人気を得ました。

彼の作品の一つ『恋の技法』は、恋人をどのように作り、関係を維持していくかという方法論を男性・女性双方に向けて語る内容です。オウィディウスは男性に対して、出会いを求め柱廊をぶらつくのが良いとか、演技場や競争場で一緒に観客席に座り、女性にゴミがついていたら(ついていなくても)払ってあげるのがよいとか、そのほかにも色々な場所での出会い方や仲の深め方についてアドバイスをしています。女性に対しては欠点をうまく隠すのが良いなどのアドバイスをしました。

ローマ・チルコ・マッシモ
現代のローマ・戦車競争場跡(チルコ・マッシモ)

しかしオウィディウスは、何らかの出来事が原因でアウグストゥス帝の怒りを買い、黒海沿岸の町トミスへと追放されてしまいます。

オウィディウスはローマに戻りたいという趣旨の手紙を残しつつ、トミスの地でその生涯を終えたそうです。


参考文献

オウィディウス『恋の技法』, 樋口勝彦 訳, グーテンベルク21, 2019


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